今ではなつかしい介護
先日 どなたかがお母さまの介護の一日を書かれていた。
その方はさぞ大変な日々を送られているだろうと思いながらも
不謹慎にも数年前の自分と重ね合わせ、懐かしい思いと同時に
羨ましいとの思いも持った。
何度同じことを言っても、全く理解してもらえないどころか
また同じことを伝えなくてはいけないことが
日に何度もあると正直こたえる。
それが命にかかわる事でないのならそこまではいわない。
そんな日々を一年過ごした。
今となってはその日々が私を救ってくれている気もする。
あの日々がなかったら、たくさんの後悔に押しつぶされていたかもしれない。
なんで早く気が付かなかったのか…
もっと頻繁に訪ねていたら、やさしくしていたらと。
5年もたつと、あの当時辛いと思っていた事はほとんど覚えておらず
一緒にいた時間が、たとえそれが分刻みのあわただしい時間であったとしても
少しのほほえみと共に思い出している。
休みの日、ゆっくり日向ぼっこをしながら
何を話すでもなく、庭を眺めていた日のことは
いまでは何よりの宝物となっている。
昨日は水菜の花を載せた。
今日は白菜…
きっとたくさんの花が咲くだろう
ほとんど巻かなくて放置したままだから^^;
季節を送る、季節ごとに母に用意した食事が蘇る。
介護の日々を送られる方はたくさんいると思う。
どうか、どうか頑張っていただきたい。
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