人くささが嫌い
昨日の続き
幸田文さんが永井荷風さんのことを、こう言っていた。
「先生は人嫌いではないのだ。
だが、先生にとって、
人というものはほんのぽっちりしか要らないのだ。
人くささが嫌いなのだ」
この一文で
あ~よかった、と安堵した。
仕事で付き合いのある年下の音楽講師が
ある日相談をしてきた。
その際に「すみません、友達がいないもので、愚痴を聞いてもらって」
と言ったので
「あら、私もそう」と返すと大変驚かれた。
仕事をしているときはそれが主な役割だから
よく話すし、愛想もよい…(←と自分では思っているが)
だから彼女にしてみれば、
私が友達がいないなどとは想像できなかったらしい。
友達いない…とは本当は微妙に違うと思っていた。
でもうまく表現できなかった
そうか「人くささが嫌い」なのか。
たしかに自分の周りにはほんのぽっちりの人がいればそれでいい
たくさんいると疲れるし
だれもいないと寂しいことこの上ないのだろう。
友達と旅行なんてごめん、とんでもない。
だから週末、好きなように時間過ごしていて
プチ旅行みたいな友人たちとのご一行を見て
楽しそう…とは思ってもうらやむことはまずない。
誰かに誘われればお茶にもいくけれど
自分から誘うことはまずない。
上司とそのおくさまが
食事に誘ってくださった。
食後のお茶
残り少なくなると
ハートの形になるという。
なんと粋な…
その音楽講師に
「自分という電車には
入れ替わり立ち代わり、誰かが乗っては降り
自分を支えてくれている。
ずっと乗ってる人もいるし
降りたかと思うとまた乗ってくる人もいる。
必要な時に誰か乗ってくれてる。
いつかこんな文章を読んだ、
そんなもんでいいんじゃない?」
と言ったら、
「私長いこと乗せてもらってますよね」と笑った。
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